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ベトナム・ホーチミン ホアンカン病院

ベトナム・ホーチミンで行われたボランティアの様子です。

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ベトナム・ホーチミン ホアンカン病院のボランティア

塗魂ペインターズの海外ボランティアチーム12名がベトナムのホーチミン市6区にあるHOANG KHANG Medical Clinicの病室をガイナで塗装しました。

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声明文

ここで生まれた人々は愛する祖国ベトナムをこう称える。

「金色の山々と銀色の海が広がる麗しきふるさと」

しかし、この麗しきふるさとが、どれほど悲惨な戦争に蹂躙され、悲しい思いとしたことだろう…

フランスによる植民地支配、日本軍の進駐、太平洋戦争が終わり、ようやく独立国家をたちあげるや束の間、再びフランス侵略による南北分断、8年の歳月が過ぎ、必死の思いでフランスから守ると、まさかの大国アメリカの介入。

北爆という第二次世界大戦で使用された爆弾の総量を上回る大爆撃の中で、アメリカの指揮官は「ベトナムを石器時代に戻してやる」との傲慢な言葉を言い放ち、介入したアメリカ兵士は自由を脅かす共産主義者との闘いだと教えられ、東洋人は黄色いケダモノだと洗脳される。

戦場では、たとえ女性であれ、子供であっても、数多く殺すものこそが英雄視された。
しかし、黄色いケダモノと標的にされたベトナム人は、ふるさとの美しい大地を愛し、愛する家族を守り、細やかな幸せを望んでいる父であり母であり未来ある子供たちであったのです。

殺さなけば、自分が殺されるかもしれないという恐怖心が、無抵抗な人でさえ敵に見させてしまうという極限状態、ある村では、女性、老人、子供までもが数百人が虐殺される。
麗しき金色の山々には猛毒のダイオキシンを含んだ枯葉剤がまかれ、緑の大地はこげ茶色の枯れ木の山となった。

そして、のちに生まれながらにして障害のある多くの子供が生まれるという、さらなる悲劇を生みだしました。

8歳の娘と3歳の息子を殺された父は嗚咽し「何が憎くて人の国へ勝手に入り子供まで殺すのか?」かけがいのない家族を失った憤りと悲しさで涙は枯れることがなく、憎悪は消えることはない。

あるアメリカ兵士は自分が殺したベトナム兵士の胸のポケットを弄り、彼と彼の娘がほほ笑んで並んでいる記念写真を見つけた。
優しいベトナムの父は若いアメリカ兵士と対峙し、殺すことを躊躇し殺されることを選択したに過ぎなかった。それを直観したアメリカ兵は生涯罪悪感に苦しみ続ける。

黄色いケダモノと信じていたベトナム兵士は娘の幸せを願い、ふるさとを守ろうとしていた心優しい父だったのだ。

本来人々の自由と平等を追求し平和のためのイデオロギーが罪のない人々を殺すことになる本末転倒、罪のない人々を殺しても守らなければならない主義や主張とは一体いかなるものなのか…

戦場を離れ自分自身の内なる声に耳を傾け、いくら悔やんでも、犯してしまった罪と心の中の闇は消えることがない。

人間は善にもなりうるし悪にもなりうる。
本当の敵は自分と異なるイデオロギーを持つ人でもなく、自分と異なる宗教を持つ人でもなく、自分と異なる民族でもなく、自分と異なる国家に住む人でもない。

本当に対峙しなければならない敵は、人間の心の奥底に宿る、人を思い通りの動かそうとする支配の心、差異を憎む心であって、自分と異なる他者ではなく、自分自身の内なる悪ではないだろうか…

この戦争で、米軍6万人、北ベトナム解放軍100万人、南ベトナム政府軍24万人、民間の犠牲者50万人の上ったといわれています。

数が多いから悲惨なのではない。
亡くなった一人一人が大切な父であり、心優しい母であり、未来ある子供たちで、ひとりひとり紡いできた人生の物語と大切な夢と、無限の可能性を瞬時に奪うことが戦争の残酷さであり悲惨さなのです。
いかに大義名分で取り繕っても愚行以外の何物でもなかったことを厳しく受け止めなければなりません。

さて、戦後40年、現在、当時サイゴンと呼ばれたここホーチミンの中心の道路は舗装され、海外のブランド店が立ち並び、高級車なども通り経済成長を果たし、一見すると幸せをつかんだかのように見えます。

しかしながら一歩町を離れると、未だ9割以上は貧困層、病気になってもお金がかかり、病院には行かせることができないという家庭がほとんどです。
過去の爪痕はほんの一部分を表面的には隠せてもたった数十年で消し去ることはできないのです。

戦後40年の節目、過去の歴史と現状のベトナムに思い馳せ、一人の日本人医師と心優しき看護師が立ち上がる。

その医師とはかつては人間の尊厳のため公正な立場で紛争地や自然災害地に従事する「国境なき医師団」に所属し、東日本大震災の発災の2日後には国連からの指令でニュージーランドの災害現場から台湾医療チームと一緒に福島に入って被災者の治療にあたった世界を駆け巡る名医。

一方、看護師は東京の大学病院の勤務を経て、若くして婦長となり日本で優秀な看護師の輩出に尽力された優秀で心美しき看護師です。

自分のことだけを、自分の家族のことだけを、自分と親しい友人のことだけを考えるなら日本はもちろんのこと、先進国で従事することで生涯豊かな生活は約束されています。
しかし、世界を知り、貧しい子供たちの存在を知り、その子たちの未来に思いを馳せるとき、自分だけの幸せだけを追い求める人生では「魂」を納得させることができなかったのでした。

国籍は日本、しかしながら心の中は国境など存在せず、世界市民としての自覚が安きに甘んじることを許さないのであります。

「自分だけの幸福や安全もなければ、他人だけの不幸もないこと」を観念ではなく魂で知っている名医と看護師の物語がここベトナムで始まろうとしていました。

曰く、「貧しい子供から医療費をもらうつもりは微塵もない」「私はお金では動かされない、魂で動くのです」「数年後ここベトナムから優秀な医療者が陸続と排出されることになるのです、きっとその子たちが貧しい子供たちを助けてくれるに違いありません」

ただ一つの憂いは、いくら医療技術があっても医療を施す空間が不衛生であるならば、感染症で亡くなるケースも少なくない。
現に、衛生的とは言い難い空間で、できる限りの医療を施した患者が感染症で命を落とす悲しい出来事も経験した。

銭勘定抜きにして、平和な未来を育む戦いに心から賛同し、急きょ塗魂ペインターズの海外ボランティア第2弾、ベトナムボランティアが決定したのでした。
わずかな滞在期間とわずかな人数で、診療室1室と医務室1室を断熱ガイナで塗装させて頂くことになったのです。

ある人は言う、もっともっと貧しい国や地域はある。
ここだけをボランティアしたところで焼け石に水ではないだろか?

親愛なる塗魂家族の皆様、ちっぽけな波騒など気にせず、悠々と見下しながら大胆に生きましょう!

私たちは限りある人生の途上にあって、出会うことができる人はほんの一握りであり、その出会いは偶然ではなく必然であることを知っている。

一人の人間の可能性は無限大ゆえ、目の前の一人に真剣に向き合うことが世界に向き合うことに通じるということを知っている。

たった1つの診療室と一つの医務室が、ここベトナムの子供たちの命を救うことで、その命が、人間の尊厳を輝かせ、戦争のない世界へと変革し行く無限の可能性を秘めていることを知っている。

なぜなら、私たち塗魂ペインターズは不幸で泣いた人こそが、誰よりも幸せになる権利があり、誰よりも幸せにする力を秘めていることを知っているからです。

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